東京大停電を避けるもう一つの工夫
 東京の今年の夏に大停電があるかもしれないと報道されている。これは東京電力の原発17基中15基が停止点検をするからという。需要に対して供給できないとう予測からで、電力60%を原発に頼っている現状からいえば、これは大変なことで、すぐニューヨークの大停電を思い出す。超高層のエレベーター、給水、冷蔵庫、空調、照明、とりわけ交通信号や、電車や地下鉄など、交通機関が一斉にとまるのは困る。そのため病院や学校はどう対応するのか。とくに需要のピークとなる、13時から16時に停電がおこるのは避けなければならない。

 さて、東京大停電について、他の電力会社や、自家発電などの対策に手がうたれているようであるが、都市のオフィス、住宅、などの建築で大停電を、どう受け止めていくかについて、節電や、電気エネルギーのシステムとは異なる、我が国の建築と言う視点で意見を述べてみたい。本来建築の省エネは我が国では以前からのテーマであった。日本のような四季があり、春秋のやさしい気候では特段の冷房も暖房も不要であった。とくに酷しい僅かの夏冬に補助的に空調があればよかったのである。ところが、戦後、商業施設から、暖冷房が始まり、急激に空調システムが伝播し、あたかも先進近代設備というので、業務、商業、工業施設から、住宅に至るまでこの機械設備が普及するに至った。

 しかし、寒帯や亜熱帯と違って一年を通じて、日本は決して堪え難い気候では決してない中間期が長い。だから、温帯には温帯らしい、自然への対応があって当然だと識者の間では語られたが、エネルギーを使い放題の建築が建てられて、その上冷房をやった次の日から暖房に切り換えるなどということも珍しくなく、冷房の中、厚着をしたり、暖房を我慢して、薄着するなど奇妙な光景が見られる始末である。また、冷房と暖房を同時に運転して各部屋でミックスし、所定の温度にするという贅沢な方式もでてきて、エネルギー浪費は増える一方という個別空調システムさえ計画された。これは自然の外気の変化に対して恒温一定が人工の理想環境と言う考え方によるものである。

 また、建築の方位で、南と東西では日照が違いこれを一定にするためにゾーニング毎に冷暖房の供給を変えるような考え方も実施され、最近は、利用のされ方で、大勢の人々の集中するような会議やイベントスペースと少人数に対応するものなど、コントロールは複雑化する一方で、その調整はセンサーとともに高度の発達がみられる。

 いずれもこれが冷暖房設備の発達であり、建築の進歩のような錯覚をし、根本的な自然の気候にどう適応すべきかを考えることはなかった。バブルに浮かれて真の技術開発を怠ってきたことがあげられる。

 原発休止や、エネルギー資源のない国では、あらためて空調をどう取り入れるかを考えるべきときである。設定温度もさることながら湿度の調節もある。日本の気候は湿度が高い季節(6月と9月)があり、日中で80%から30%まで、変化の幅が大きいし。凌ぎにくいのは湿度が大きく関係している。そして空調ビルは共通に乾燥しすぎる。このことは空調では湿度をどう調整するか今もって問題が残っている。現在も湿度の調整は難しい。網に水を流してここに空気を通す、加湿方法もあるが、プリミティブで、ただ加湿させるこの仕組みは細菌の増殖装置にも通じ、実に不健康この上ない。さらにここにサリンでも混入されたら、大恐慌になると警告されている。こういう問題をかかえた空調を温度調節だけで、済ましているのは困る。日本人の感覚から言えば、冷たい空気を吸って、足元は輻射暖房で暖かくするような(頭寒足熱)が快適で、現在の空調のような、なま暖かい空気を吸収するような空調は不愉快な筈である。まして、頭上から暖かい空気を吹き出して頭部から暖めようという方法は決して誉めたものではない。

 しかし、空調技術に反対しているのではなく、日本らしく細かな配慮と工夫を付け加えたシステムを技術開発してもらいたい。こういう状況のため建築の空調技術は立ちおくれ、根本的に省エネルギーに寄与するものか、あるいは地球環境問題として、取り組みが正しいかどうかという視点を欠いており、問題が残っていることを指摘したい。だから、原発が休止することになって急に節電とか言いはじめているが、原発問題がなくても、やらなければならないことだった。私はこの機会をとらえて、是非省エネのシステム、そしてエネルギーの利用で、節電と自然利用を社会的にとり上げてもらいたい。我が国の空調技術者には、すぐれた能力を持つ方々が大勢おられるので、東京大停電を機会として、自然に適応する新しい空調システムを開発し世界をリードしてもらいたい。

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