循環更新都市実現に文化の蓄積活かせ

【正論】
            
IFYA名古屋 委員長 菊竹清訓
≪文化を守り創るのが原点≫
 
人は家という文化の中に住み、都市という文化の中で生き、国家という文化の中で守られて暮らしている。しかし、これが怪しくなっている。家では健康が確保できず、都市は災害から守ってくれるかどうか疑問だ。国の平和維持も然りで、これらが不安な状況になっている。さらに、地球環境問題で二酸化炭素が増えて、温暖化が進み、海面の水位が上昇すると言われている。モルディブ、オランダ、東京のゼロメートル地帯が水没の危機にあることが次第に明らかになっている。
 こうした背景に加え、文化を問題にしてきた建築にも状況の変化がおこり、建築の存立を脅かす問題がでてきている。本来、建築は文化を守り、創造してきたはずだった。ところが、ソフトもハードも歴史も未来も、面倒で厄介だと考える人が増えている。
 一方、建築学も学問の進歩で専門分化進み、構造、設備、生産、運営、造園などに分かれ、それぞれの分野ごとの学問となっている。研究はハードに偏向し、主たるデザインの分野でも、専ら前例に頼り、それらをコラージュしたパズルのようなゲーム化がもてはやされている。
 だから建築から全体をみるとか、環境を統合的に、考えるとか、国境を超え、都市を超えて、多様な文化について考えるという試みが少なくなって建築は狭小化している。
 六月一日から十日まで、名古屋において、国際建築アカデミー主催で『次世代建築家の国際フォーラム』(IFYA)が国交省、愛知県、名古屋市などの協力で開かれた。日本では神戸に次ぎ、ニ回目の開催だが、筆者も組織委員長として、準備段階から参画し、議論に加わった。
 フォーラムの主なテーマは『アジアにおける循環型未来都市を求めて』であり、地球環境問題と都市計画、人と車の共存など視野に、持続可能な未来の都市づくりを考えることが狙いであった。
 こういう視点で、名古屋市を見ると、我が国の優れた都市計画をもつこの都市が、海外の次世代の建築家たちの眼にどう映るか、具体的に『都心』、『港湾』、『空港前島』の三ケ所を選んだワークショップで知恵を集めた。
 十三カ国から集まった約四十人の参加者は、国際建築アカデミーの会長をはじめ世界で活躍する内外の第一線建築家で極めて高度な国際的な意見が交わされた。

≪都心に家族の生活環境を≫
 サミュエル・ハチントンの『文明の衝突』で、建築は文明の所産であると述べた。しかし私は建築を文化の包括的成果ではないかと思っている。「衝突」というよりむしろ、文化の「競演」であって、これが米・欧・日で進んでいる。このことを今回のフォーラムで確認したことは、大きな成果であった。文化においては先進国と後進国の差はなく、すべてが平等となり、相互に刺激しあっている。その多様性が、新しい文化を生み出す母胎となる。これこそ、次世代を担う人達の課題に相応しく、あたかも愛知万博の開催時期であり、これを見学して同じようなことが議論された。
 例えば各国のパビリオンが同一の寸法形態でつくられていることや、アフリカや群島国家がコモン(集落)として、五大陸に伍して取り上げられている。こうした取り組みとあわせて今後にこの影響が広がっていけば幸いである。
 フォーラム最終日、IFYAは「名古屋宣言」を発表した。その中で参加者は、今世紀の目指す世界の都市の課題を「循環型未来都市の開発」と位置付け、国連及び京都議定書に基づく省エネ、省資源、再利用を踏まえた「モデル都市」づくりをすすめることを確認した。
 また「交通、通信網の再編成を達成し。都心に家族生活環境を取り戻し、平和、安全な都市景観を美しく取り戻して自然との共生を目指す」ことも盛り込まれた。

≪「混交」から「次の創出」へ≫
 
だがこうした課題の実現には、文明的な側面に加えて文化的な面で都市の更新が不可欠であろう。ヨーロッパはEU拡大で新しい文化接触が進み、アメリカは移民によるコロニアル文化を一層強めている。わが国もまた、戦後の海外文化の流入で、その内容を多様化させている。
 多様な文化の混交から次の文化をどう創出するか、それこそが、現在の世界に課されたテーマである。そこで果たすべき建築家の役割には当然大きな期待がかかっている。新文化による循環型未来都市が実現する世紀がいよいよ世界規模で始まる。文化=自然の英知に学ぶ都市の再生は不可能ではないのである。


2005/6/20(産経新聞朝刊) 


Copyright 2003, Kikutake Kiyonori., all rights reserved.