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≪文明衝突から文化共存へ≫
文化の伝搬と蓄積という角度で歴史をみると、日本は実に恵まれた地理的位置にあることを幸せと思わずにいられない。そして二十世紀まで日本は独特の存在感を持っていた。ハンチントンは世界を七つの文明に分けて論じ、「文明の衝突」を予告した。グローバル化の文明の潮流が、戦争につながり、宗教抗争を激化させ、テロが国家間に不安を与えているが、まさに歴史家の指摘通りである。
しかし文化という立場で見ると、混迷を深めつつある世界の状況も独自の地域的文化形成現象と見ることもできるよう。文化の統合は博物館や博覧会に見ることができ、文明の衝突とはやや違った姿がそこに浮かび上がってくる。
これは文化のコアが博物館であり、文化の会場が博覧会だからである。例えば江戸東京博物館で、十六世紀以降の江戸文化とイタリアルネサンスが不思議なことにほとんど同時に興っており、その謎は堺市立博物館の角山栄先生に教えられた通り、文化の伝搬と葛藤によるものであった。
また、ならシルクロードが貿易通商のネットワークだけでなく、文化伝搬の壮大な展開を示していたことを明らかにした。中国文明がモンゴルによってユーラシア大陸の東西に急激に伝搬し、革命的な変化を与えた、と北京国立博物館の展示は述べ、ロケット、羅針盤、火薬、時計、印刷技術など、文明的な所産が西洋と東洋に拡大したことがわかる。文明伝搬の強大さとその広範な地域への影響がうかがわれ、しかも、大陸だけでなく、大量の文物が船によって大洋ルートによっていたことも示していた。
このような伝搬について誤解を恐れず簡略化して述べると、建築では西洋の耐久力を目指した石造建築、東洋はパオ、そして木造による更新性をもつ建築となって文化が発展定着したことは、すでに良く知られている通りである。洋の東西でこのような多彩な文化を生み出している。
≪国家的行事でも存在示す≫
愛知万博は本日閉幕するが、二十世紀のグローバルな文明的所産も「自然の叡知」というテーマが各パビリオンで多彩に展開されて興味深かった。その上、これらを結ぶループ(空中回廊)で一巡できるのは文化比較をする上で全く新しい試みだった。観客は文明博ではなく、文化博としてEXPOをループで実感できたであろう。
続いて今年十月十五日にオープンする九州国立博物館(福岡県太宰府市)では、これからの世界の文化比較や未来の人類共存について、「世界史の構築」というテーマがやがて浮かび上がってくることを願っている。
フランスでのサミット会場には博物館が選ばれている。また、アメリカの大統領宣誓式にワシントン博物館が用いられるなど、文化の中心の一つとして博物館こそ、国家的イベントの開催の場となっていることが博物館の文化的重要性を表している。
博物館の機能は物の保存から、文化的イベントの場という重要な役割を担いはじめているようである。その証拠の一つに世界の博物館のミュージアムショップの拡張整備がある。レプリカから書籍まで広く文化的グッズが取りそろえられ、これは密度の高い商業の文化的革新ともいえそうである。
歴史家の岡田英弘先生は、世界に対して日本の文化的存在を示すことの重要性を、かねて指摘されている。
例えば、日本、アメリカ、ヨーロッパは地球上では文化の代表的典型として取り上げることが多いが、これまでの文化受容とその洗練、創造には独特のものがあった日本、そして移民によって多様な文化をコロニアル文化としているアメリカ、さらに英仏独伊など多様な文化的歴史を持つ各国の統合を進めているEU(欧州連合)など、文化的に極めて興味深い。
≪世界に希望を与える存在≫
現代こそ、各国、各民族は土地の歴史や外来文明の、将来を展望することはすばらしいし、そういう機械を持つ博物館やEXPOの重要性ははかり知れないものがある。
新しい九州国立博物館では「世界史の構築」による日本文化を考える場となることを願うひとりである。
文化のコラージュと洗練はそれぞれの地域の独自性をつくり出し、広く人々に、あこがれや生きる喜びを与えてきた。これが文化の強大な伝搬力となり、世界に共通の希望と理想を与え、そこから平和と共存の望みが生み出されてくる。これが文化の偉大さであろう。
2005/9/25(産経新聞朝刊)
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