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≪欧州都市の備えを見習う≫
北朝鮮が核実験をした。それならば、わが国は緊急にその対応策として、主要施設にシェルターを準備せざるを得ない。
かつて、米ソ冷戦下のヨーロッパでは、パリもロンドンもドイツもスイスも、地下シェルターを準備していた。
スイスのある国立病院では、約30分ですべての人が地下に移動可能だということだった。病院の地下化によって、医療施設内の患者や医者、看護婦から事務員まで避難できることを知って驚かされた。
地下鉄の駅は周辺住民の避難場所として計画されているため、天井高や換気、避難経路についてもよく考えられていることがわかった。しかしわが国では、かつて東京都心部で起きた地下鉄サリン事件を思い起こしてみても、排気や電気照明などが改善されたかどうかはわからない。
このサリン事件当時わたしはパリにいたが、新聞では当初からテロとして報道されており、不特定多数の市民を対象としたこの種の無差別攻撃には極めて厳しい処置をとるべきだと議論されていた。これが、人権がどうという弁護団の主張によって長期裁判となったことはいささか問題だと、パリの友人が述べていたのが印象深い。
パリの新都心開発でできたデファンス地区では、中央地下鉄駅にシェルターとしては巨大すぎる空間がつくられており、戦争の恐怖がなくなった今でも、それは決しておろそかにされていない。
大江戸線の新地下鉄駅の新設にあたって、委員として地下鉄駅のシェルター構想を述べたが、全く問題にされなかった。前大戦の空襲で多大な被害を受けた江東地区の歴史的体験は、一向に生かされず、周辺住民の避難を確保するシェルターなしに建設が進められた。日本の首都、東京の都心でもこの有様である。
こういうことは、かねてより準備しておくべきもので、俄にやろうとしてもなかなかできない。国になんでもやってもらおうとする官庁頼みの気風や、大都市に出稼ぎや勉学で集まってくる若者などは頼りにならない場合もある。地域を守るとか歴史を受け継ぐなどという気概は毛頭ないからだ。しかし、若者にはパワーと未来がある。
≪核攻撃を回避できる場所≫
さて、核攻撃を回避できる場所は、例えば大都市東京でいうとどこにあるかを検討してみると、1つは戦争で攻撃された時の記録写真から推察できる。ヨーロッパのレンガや石づくりの都市と違って、日本の木造やコンクリート建築の被害状況を見れば、おおよそ見当がつく。原爆攻撃を受けた広島や長崎は他に例を見ないほど凄まじく、一瞬の巨大な破壊力とそれに伴う高温火災による一面の焼け野原である。そのうえ、原爆症による過酷な死への過程が数十万の市民を襲う。これほど残酷な非人間的兵器はない。
日本は唯一の被爆国であり、絶対に核戦争を回避すべきだというのが、前大戦から学んだ日本の立場で、安倍総理、麻生外務大臣の主張の原点である。
前大戦後の米ソ冷戦時代には、欧米の各都市で、核攻撃を避けるためシェルターの開発が進められた。主要都市では、市民も一緒になって被害防止に取り組んできた。
≪ふるさと通りを活用する≫
核攻撃を避ける方法として地下構造は有効と考えられている。都市では地下鉄やトンネル、郊外では山かげ、高速道路下などが挙げられる。
日本の小・中学校は地域の中心にあり、地震の際の避難場所にも指定されている。コンクリート構造が多いので頼りになり、水や食糧、薬品などの保管場所としても、重要な役割を果たすことは間違いない。近年、児童数が減少し、学校の統廃合が検討されている例も少なくないが、核攻撃に対する避難場所として、高齢者・女性・子供たちが日頃から利用している施設をもっと本格的に整備することが、緊急に必要である。
考えてみれば、児童の通学時の事故は地域で守るべきものである。竹下元総理が掲げた「ふるさと創生構想」において、ふるさと通りのまわりに公園や学校、ショッピングなどを配置する都市計画のインフラづくりが進められたが、いつの間にかなおざりになっている。ふるさと通りとは、市民生活の基本となる公園道路で、ここに並木をつくり、市民の安全を守り、共同の精神を育むものである。
この中に、共同溝の整備と一緒にシェルターを考えるべきで、小学校と連携すれば、いっそう充実するだろう。市民も本気になって核シェルターに着手する時である。
2006年11月1日[産経新聞正論] 建築家 菊竹清訓
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