「緑の丘」で都心環境の再生を

ー安全でやさしい街への新スタイルー

 ≪地形活かした緑化の道≫
 山手に住んで下町で買い物という理想の都市環境を、いつか巨大都市・東京に取り戻したい。
 東京には至る所に尾根道と谷道があり、複雑で変化に富んでいる。尾根道には緑が多く、日当たりもよくて吹き抜ける風が心地良い。神社・仏閣、学校、図書館などが建てられていて、そこから見下ろす街の眺めは格別である。
 私が住んでいる文京区の一角も尾根筋にあたり、かつては旧邸宅の桜越しに国会議事堂が見渡せる素晴らしい眺望だったが、この50年の間に、門前町だった2階建ての商家の並びは面影もなく取り壊された。そして、道路の両側に建つ高層マンションで視界も風通しも遮られ、街の様相は激変した。都市環境は少しずつ良くなるものと考えていたが、逆に悪化した。これはどうしたことか。
 しかし、このような丘状の地形を活かして連続した緑化のネットワークを形成すれば「緑の丘」となり、東京都心でも環境を改善していくことができるはずだ。これは、日本の都市ならどこでも可能である。愛知万博で、会場一帯を繋いだグローバル・ループのように、標高の高い丘をそのまま活かし、低い所は丘全体を緩やかな広い道で自由に繋ぐ。ループは高低差が少ないので、子供や老人でも車イスや自転車で安全に楽に通れるし、快適な緑の環境を見下ろすことができる。

 ≪耐震性など実験で証明≫
 「緑の丘」は人工の多層地盤で立体的に造られるので、単に交通路としてだけでなく、都市インフラの共同溝としても利用できる。地震などの災害で水道・ガス・電気の復旧に時間がかかっているが、ここでは地面を掘り起こすことなく点検・補修ができ、復旧が容易である。さらに新しい通信技術やセキュリティーシステム、小型発電やソーラー発電などにも対応できる。また、十分なパーキングスペースも取り込めるので、いずれ訪れる電気・水素自動車の時代にも利便性が高く、都市緑化にも大きく貢献することになろう。
 さて、人工の「緑の丘」は、果たして実現可能な構造物なのかと疑問に思われるかもしれない。実は、機械振興協会が地震・火災の安全性を約40年前から実験している。新潟県中越沖地震のような活断層にも耐えられるように、強度についての技術開発や、組立・加工技術で実物大実験を済ませている。
 また、我が国の巨大架構技術は非常に高度なレベルに達しており、部材の加工やジョイントの組立精度、建設後のメンテナンスについても、精密な実験を重ねてきている。その背景には、世界有数の造船産業が控えていて心強い。「緑の丘」即ち人工多層地盤の研究は、国の研究として全て完了している。

 ≪世界の理想となる都心≫
 地球温暖化で海面の上昇が懸念されるが、たとえば、江東のような0メートル地区の護岸・堤防強化の大工事よりも「緑の丘」の方が経済的で安心できる。実例として、江戸東京博物館では、万が一の災害に備えて、水位の上昇にも支障のない構造としている。土木、建築、さらに造船産業の技術が統合された「緑の丘」づくりが、構築産業全体として今まさに発展し、実現の時期を迎えている。
 首都圏1都3県の人口は今や約3500万人で、日本の総人口の30%近くにも達する。しかし、建築や道路の建設ばかりが先行され、都市インフラの災害に対する予防や保全は現況に甘んじている。
 先日、米国ミネアポリスで起きた、州間高速道路の橋崩落事故は記憶に新しい。引き続き事故原因の究明が行われているが、我が国でも高度成長期に整備されたインフラの老朽化が今後さらに深刻化し、十分な点検と早急な更新作業が必要となるだろう。
 現在建設が進んでいる個々の高層建築ももちろん必要であるが、既存の地形環境を活かし、都市として必要な緑や学校、医療施設などの公共・商業施設を、どう組み込み、連結していくかが重要である。まだ障害は多いが、できるところから「緑の丘」のネットワークづくりに着手し、総合的に都市を変えていくことができれば、世界にも類をみない巨大都市・東京の再生が実現する日も夢ではない。
 SF作家、ロバート・ハインラインの『地球の緑の丘』ではないが、東京もかつては美しい緑の大地に覆われていた。それが新しい形で復活し、未来には、世界の都市が「東京の緑の丘」のネットワークを理想に、安全・防災・平和の都市として蘇る。人間の知恵で土地はつくれる。それが「緑の丘」の貢献である。

2007年8月26日[産経新聞正論] 日本建築士会連合会 名誉会長 菊竹清訓


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